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ハリー・クーパーの著書「アルゼンチンにおけるヒトラー」

◆3月24日

 ヒトラーの予言、というものには、「たとえ表面はデモクラシーや社会主義の世であろうとも、実質はナチズムが支配していよう。デモクラシーの国も社会主義の国も、われわれナチスの兵器を競って使い、殺し合い、社会は私の望むとおり、強く支配する者と支配される多数者に分かれていよう。それは天変地異の期間でもある。人類は大自然から手ひどく復讐される。気候も2つに分かれ、激しい熱と激しい冷気、火と氷、大洪水と大旱魃が代わる代わる地球を襲うだろう」と言う箇所があるそうだ。

  ナチスの兵器を使う・・・これはミサイルや核兵器、ジェット機のことを言っているのだろう。ヒトラーはドイツの科学を明け渡す代わりに、アルゼンチンでの平和な生活を保障された、というのが以下のクーパーの主張である。確かにヒトラーは南米で生き残っていた、という説はだいぶ前から存在していた。

 このナチスの遺産、それは科学や化学だけでなく、その統治の仕方でさえ、引き継がれている、と見るべきだ。現在のアメリカのネオコン、その背後の勢力、すなわち、新世界秩序勢力は、まさにそれである。彼等が狙うのは、世界的独裁政権である。ヒトラー政権では反ユダヤでも、新世界秩序勢力になると、そのような枠は乗り越えての野合となっている。

 そのヒトラーの予言では、「2014年にはヨーロッパの3分の1とアメリカの3分の1が荒廃してしまう。アフリカと中東も完全に荒廃する。結局、いまの文明は砂漠しか残さない」などと書かれているそうだ。気をつけるに越した事はないだろう。

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●なぜアメリカはヒトラーをアルゼンチンにまで追い続けなかったのか? 
http://henrymakow.com/2014/03/Why-the-US-Didnt-Pursue-Hitler.html
【3月22日 by Harry Cooper】

 我々はヒトラーは彼がイリュミナティのエージェントであったため、保護されたと考えている。しかしハリー・クーパーは、ヒトラーと1000名のナチス要員がアルゼンチンで退役後の生活を享受できたのは、巨大な資金とフアン・ペロン大統領との軍事同盟関係があったから、そしてウランと核のノウハウに関する取引のためである、と言っている。(ヘンリー・メイコウ)

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 アドルフ・ヒトラー、エバ・ブラウン、マーチン・ボーマン、その他第三帝国内の高官であった数百名、数千名かもしれない要員らが、アルゼンチンで安全に暮らすことのできた理由について十分な理解を得るには、そこでの状況に目を向けねばならない。

 これらの人々はフアン・ペロンとアルゼンチン軍の保護下に置かれた。この友好関係は数十億ドルになるマーチン・ブラウンの財宝で買われたものである。この巨額の財宝に加えて、第三帝国の人々は核研究所をナフエル・フアピ湖にあるホイメル島に設立した。この湖はサン・カルロス・ディ・バリロシュ町の近くにある。


フアン・ペロン

 ペロンは湖の反対側の土地に山岳部隊訓練学校を建設した。リヒター博士と彼のチームは世界初の常温核融合をこの島の研究所で1950年代初頭に成功したという。

 ペロンはアルゼンチンのトップになるためにはナチスの金を必要とした。更に、数百名の元SS隊員がバリロシュのあちこちにいた。彼等は重武装警備員を、陸と湖の両方に擁していた。それで小さな秘密の部隊は何もする事ができなかったであろう。これに加えて、湖を囲む山々と町の中に観測点の大きなリングがあった。従ってこの地域に乗り込むには、大規模な部隊による侵略でなければ不可能であった。

 どうしてアメリカはヒトラーを追い続けなかったのであろうか?これらのペロンによるあらゆる守護と、ペロンがこの人々を放棄したくなることはほぼありえないという事情、大規模部隊の侵略でなければならないということ、そしてアメリカは戦争に疲れていたという事情のためである。

■科学的専門的知識との取引

 これは言っておくが理論としてだが、しかししっかりとした事実に基づくものだ。ここでは、私がアメリカ空軍の若造だった1958年に目を向けることにする。その年の最初の6ヶ月をコロラド州デンバー市のロウリー空軍基地での面白い兵器の訓練を行っていた。訓練の最初の部分は、アメリカが核爆弾を製造しようとする模様を撮影したものを見ていた。アメリカの特殊兵器プロジェクトは非常にゆっくりと進んでいたし、1984年のロバート・ウィルコックスの「日本の秘密の戦争」を正しく思い出せれるとすれば、日本はアメリカより一週間先に核装置の最初のテスト燃焼を行っていたのだ。

 ドイツのU-ボートは日本が確保しているインド洋と太平洋にある港に向かってウランとあらゆるハイテク兵器を運ぶ危険な旅をしようとしていた。連合国はコードを持っていてどのボートが何を運んでいるかが分かっていた。それで彼等はイギリスの潜水艦によってデンマーク海峡に入るところで待ち伏せを受けた。

 U-234はヨハン・ハインリッヒ・フェーラーの指揮下にあり、彼は罠に簡単に引っかかるような若い船長ではなかった。彼は戦争前は商船の船長で初期には、襲撃艦アトランティスの爆破専門将校であった。彼は通常のコースに何かを感じてコースを変更、そのため待ち伏せしていたイギリス海軍側は標的を捉えられなかった。カール・デーニッツ海軍総司令官の停戦命令を受け、降伏を申し出るかどうかの将校会議の後、アメリカに降伏した。この時560キロのウラニウムを積んでいた。
 
 秘密兵器訓練について振り返ってみれば、アメリカは戦っていたが、ドイツの降伏があった辺りから、そのアメリカの秘密兵器計画は大きな飛躍をしていったのだ。我々は、素晴らしい科学者らが驚異的な仕事をしたから、云々と説明されたが、これはそれはどうだったか疑って掛かるべきだろう。

 ドイツは降伏し、突然アメリカはドイツの素晴らしい科学者ら、核兵器製造用の物質、大陸間弾道ミサイル、ジェット機、ロケット推進航空機、本当の最初の潜水艦(XXI型・XXIII型)、その他我々の知らない物など。今日でさえ、ドイツが降伏した後何がアメリカにもたらされたのか、全てを知っているわけではないのだ。

 だから、もしも・・・もしもこれらの一切の情報、機材、科学者etcをアメリカに渡すという合意の代わりに、ヒトラーその他には手をつけない、という合意が成されたのではないだろうか?これは簡単に決定できることだ。一方では、アメリカは科学、兵器における飛躍的な発展的内容を受取る、他方、ヒトラーとその他の第三帝国の者たちはアルゼンチンでの静かな老後が許されるのだ。

 反対に合意が成されなかったとすれば、ドイツの何千という科学者らはソ連に向かったかもしれないだろう?広島と長崎の原爆は準備できなかったかも知れず、それはアメリカ軍兵士が何十万も死ぬ事に繋がったかも知れず、また最後の一兵まで戦う覚悟をしていた日本兵だから日本人全体が死ぬまで戦ったかもしれなかった。

 またソ連が核武装では指導的立場に立ち、ジェット機、ロケット、ICBMなど、ずっと早く開発していたかもしれなかった。言うなれば、合意が達成されなかったならば、太平洋戦争はずっと長引いたかも知れなかったし、何百万人が更に死に、ソ連はあらゆる兵器分野で指導的立場を確保し、あるいはアメリカはアルゼンチンに全軍をもって進撃しなければならなかったかも知れない。

 既に言ったように、これは私の理論であるが、しかしこれはかなり現実性のあるもので、何千もの記録ファイルに裏付けられたものだ。実際に起きたのはこういうことだという確信が私にはある。

 これらをまとめることの出来る者はいないだろうし、だからこそ実際に起きたのはそういうことだ、と確信している。シャーク・ハンターはパートタイムの趣味ではない。私は日に12時間から14時間オフィスで仕事をしているか、さもなくばアルゼンチン、ドイツ、オーストリアでフィールドワークをしている。忘れ去られた島、ブラジルその他多くの場所で。私の心では、アドルフ・ヒトラー、エバ・ブラウン、マーチン・ボーマン、その他数百の者たちはアルゼンチンに向かったということ、そしてそこで静かに生きていたことについて全く疑っていない。

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経済から宗教まで、時代の先を読み解くための作業を人間活動のあらゆる分野にメスを入れて行います。
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